既存事業の成功が足かせに?:新規Webサービス参入を逃した企業の教訓
既存事業の成功が足かせとなる時:見えない機会損失にどう向き合うか
安定した基盤を持つ企業にとって、新しい挑戦は常に大きな判断を伴います。特に、既存事業が好調である場合、未知の領域への投資やリソースのシフトは、必要性を感じつつもためらいが生じやすいものです。しかし、市場が急速に変化する現代において、その「安定」こそが、将来の大きな機会損失につながる可能性があります。
本稿では、ある企業がWebサービスへの参入機会を逃した事例を取り上げ、「もし挑戦していたら?」と「挑戦しなかった結果」を対比させることで、見えにくい機会損失の本質と、そこから得られる教訓について考察します。
事例分析:パッケージソフトウェア企業B社の選択
これは、かつてパッケージソフトウェア開発で業界のトップを走っていたB社の事例です。B社は、その高品質な製品と強固な顧客基盤により、長年にわたり安定した収益を上げていました。
時代の変化とB社の状況
2000年代後半から2010年代初頭にかけて、インターネットの普及とともにWebサービスやSaaS(Software as a Service)モデルが台頭し始めました。ソフトウェアは「購入するもの」から「利用するもの」へと、その提供形態が大きく変化しつつあったのです。
この変化の波は、B社にも明確に押し寄せていました。社内では新規Webサービスの開発提案も上がっていましたが、経営層は以下のような理由から、既存のパッケージ事業への注力を継続する選択をしました。
- 既存事業の盤石な収益性: 現状で十分な利益が出ており、Webサービスへの投資は費用対効果が見えにくいと判断されました。
- 慣れない開発モデルへの戸惑い: パッケージ開発とWebサービス開発では技術スタックや開発サイクルが異なり、これまでの成功体験が足かせとなりました。
- 社内リソースの限界: Webサービス開発に充てる人材や資金の確保が難しいという現実的な課題がありました。
- 顧客層の変化への不安: 長年取引のある既存顧客がWebサービスへ移行するのか、新しい顧客層をどう獲得するのか、といった不安が先行しました。
当時のB社は、既存事業の成功に安住し、「今」の安定を守ることを最優先したと言えます。経営陣や現場の担当者には、過去の成功体験が強い自信となっていた一方で、未来への不確実性に対する懸念や、新しい技術へのキャッチアップのハードルが存在していたものと推察されます。
挑戦しなかった結果:見えない機会損失の顕在化
B社が新規Webサービスへの参入を見送る一方で、多くのスタートアップや競合他社は、この変化の波に乗じ、続々とWebサービスを提供し始めました。彼らは、低コストで手軽に利用できるSaaSモデルを武器に、B社の既存顧客層をも取り込み、急速に市場シェアを拡大していったのです。
結果として、B社のパッケージソフトウェア事業は徐々に陳腐化し、市場からのニーズは低下の一途を辿りました。売上と利益は減少し、かつての盤石な収益基盤は揺らぎ始めました。B社がWebサービスへの参入を検討し始めた頃には、既に市場は先行企業によって固められており、後発としての参入は極めて困難な状況となっていました。これは単に経済的な損失だけでなく、企業文化の停滞、優秀な人材の流出、社員の士気低下といった、組織全体にわたる深刻な影響を及ぼしました。
もし挑戦していたら?:未来の可能性
もしB社が当時、積極的にWebサービスへの挑戦を決断していたら、どのような未来が開けていたでしょうか。
- 市場リーダーシップの維持: 既存の顧客基盤とブランド力を活用し、パッケージ製品のWeb版や全く新しいSaaSとして提供することで、Webサービス市場でも早期にリーダーシップを確立できた可能性があります。
- 新たな収益源の確立: 定額課金モデルのSaaSは、安定した継続的な収益をもたらします。これにより、従来の買い切り型モデルに代わる新たな事業の柱を築けたでしょう。
- 企業ブランドの再構築: 時代の変化に対応できる先進的な企業としてのイメージを確立し、新しい才能の獲得やイノベーションの加速につながったはずです。
- 組織文化の変革: 新しい挑戦は、社内の技術力向上、多様な人材の登用、そして何よりも変化を恐れない挑戦的な企業文化を醸成するきっかけとなったでしょう。
早期に小さな試みを始め、市場の反応を見ながら改善していく「リーンスタートアップ」のようなアプローチを取ることも可能でした。これにより、大きなリスクを負うことなく、徐々に新規事業を育てていく道もあったはずです。
機会損失から学ぶ教訓
B社の事例は、既存の成功が足かせとなり、未来の可能性を見失う「成功の罠」の一例と言えます。この事例から、私たちは以下の重要な教訓を得ることができます。
- 現状維持バイアスを乗り越える: 成功している時こそ、現状に安住せず、常に未来の市場や顧客ニーズの変化を予測し、挑戦し続ける姿勢が不可欠です。
- リソース配分の戦略的再考: 限られたリソースを既存事業の延命にのみ費やすのではなく、未来を創るための新規事業への投資を戦略的に行う勇気が求められます。
- 変化への適応力を組織文化に: 失敗を恐れず、新しいアイデアを試し、そこから学ぶという文化を組織全体で育むことが、持続的な成長には不可欠です。
- キャリアにおける「もしも」の視点: 企業の事例は、個人のキャリア選択にも通じるものがあります。現在の専門性や安定に満足するだけでなく、新たなスキルの習得や異分野への挑戦を「もしも」の視点からシミュレートしてみることで、将来の選択肢を広げることができます。
まとめ:挑戦を恐れず、未来をシミュレートする重要性
機会損失は、実際に発生しないため見過ごされがちですが、その影響は長期的に見て計り知れません。B社の事例は、過去の成功が未来への挑戦の妨げとなり、結果として大きな機会を失う可能性を示唆しています。
企画職としてキャリアを築く中で、私たちは常に変化の最前線に立ち、既存と新規の狭間で意思決定を求められる場面に遭遇します。この時、「もし挑戦していたら?」という視点を持って多角的に未来をシミュレートすることが、後悔のない選択をするための重要な手がかりとなります。失敗を恐れる気持ちは自然なものですが、そこから何を学び、次の一歩にどう活かすかという建設的な姿勢こそが、私たち自身の成長、そして組織の発展に繋がるのではないでしょうか。